世界の陶磁器産地 | ハンガリー編
器は、なぜ建築へ広がったのか。
ハンガリーの陶磁器を代表する、ヘレンドとジョルナイ。
一方は、王侯貴族の食卓を飾る繊細な磁器をつくり、もう一方は、器づくりから建築陶器へと領域を広げ、街の風景を彩りました。同じ国で生まれながら、向かった先は、食卓と都市。
ハンガリーの陶磁器産業は、ヨーロッパの技術を取り入れるだけでなく、自国の文化や時代の変化に合わせて、新しい役割を見つけていきました。

王侯貴族の食卓を支えた、ヘレンド
首都ブダペストの西に位置するヘレンド(Herend)では、1826年に磁器生産の前身となる工房が設立されました。
1839年に経営を引き継いだモール・フィッシャーは、手仕事による高品質な磁器づくりを進め、ヨーロッパの王侯貴族へ販路を広げていきます。
転機となったのは、1851年のロンドン万国博覧会でした。蝶や花を細密に描いた食器をヴィクトリア女王が注文し、この絵柄は後に「ヴィクトリア」と名付けられます。中国や日本の陶磁器を思わせる植物、鳥、蝶などのモチーフを、ヨーロッパの食卓に合わせて再構成した装飾は、ヘレンドを象徴する表現となりました。
ヘレンドがつくったのは、単なる高級食器ではありません。失われた食器の補充や、少量の特別注文にも応えられる手仕事の体制によって、王侯貴族の食卓文化そのものを支えていったのです。
ペーチで生まれた、もう一つの革新
ハンガリー南部の都市ペーチ(Pécs)では、1853年にジョルナイの工場が設立されました。ジョルナイを世界的な存在へ育てたのが、創業者の息子ヴィルモシュ・ジョルナイです。
彼は、器や装飾品の製造にとどまらず、新しい釉薬や建築材料の開発を進めました。その代表が、光の角度によって緑、赤、紫、金色へと表情を変える「エオシン釉」です。金属のようにも、ガラスのようにも見える独特の光沢は、19世紀末のアール・ヌーヴォーやハンガリー独自の装飾表現と結びつきました。
器の表面は、絵を描くための場所から、光そのものを見せる場所へと変わっていきます。
陶磁器が、街の一部になる
ジョルナイが開発したもう一つの重要な素材が、「ピログラニット」です。高温で焼成され、寒さや雨にも耐えられるこの建築陶器は、屋根瓦、外壁、柱、装飾部材などに用いられました。ブダペスト中央市場やマーチャーシュ教会をはじめ、ハンガリーの歴史的建築には、ジョルナイの色鮮やかな建築陶器を見ることができます。
一般的に陶磁器は、室内で使う器として考えられます。しかしジョルナイは、焼きものを建築材料へと広げ、陶磁器を都市の風景の中に残しました。食卓に置かれる器は、手に取られ、使われ、やがて割れることもあります。一方、建築を覆う陶磁器は、何十年、何百年と街にとどまり、その土地の記憶を伝えていきます。
山あいで続いた、ホッローハーザ
ハンガリー北東部のホッローハーザ(Hollóháza)では、1777年にガラス工房が設けられました。周辺で採れるカオリンや粘土、豊かな森林と水を背景に、1831年から炻器の製造へ転換。花模様の食器や壺、装飾皿などが、人々の暮らしの中へ広がっていきました。
1957年には磁器生産が始まり、食器だけでなく、電気用碍子などの工業製品も製造されました。ホッローハーザの歩みから見えてくるのは、産地が一つの素材や製品だけで続いてきたわけではないということです。
ガラスから炻器へ、炻器から磁器へ。
土地の資源と時代の需要に応じて、つくるものを変えながら技術をつないできました。
平原に根づいた、暮らしの器
ハンガリー南東部のホードメゼーヴァーシャールヘイ(Hódmezővásárhely)は、19世紀に国内最大級の民窯産地として発展しました。緑、黄、茶色の釉薬を使った鉢や皿、壺などがつくられ、農村の暮らしを支えました。
ここで育ったのは、宮廷のための磁器でも、都市を飾る建築陶器でもありません。日々の食事や保存、運搬のために使われる、名もない生活の器でした。
ハンガリーの陶磁器文化は、ヘレンドやジョルナイのような名窯だけでつくられたものではありません。各地の土を使い、その土地の暮らしに必要な器をつくった職人たちもまた、産地の歴史を支えてきました。

食卓から、都市の風景へ
ヘレンドは、手描きの磁器によって王侯貴族の食卓を支えました。
ジョルナイは、釉薬と素材の開発によって、陶磁器を建築と都市へ広げました。
ホッローハーザは、素材と需要に合わせて製品を変えながら生産を続け、ホードメゼーヴァーシャールヘイでは、暮らしのための民陶が育ちました。
ハンガリーの陶磁器産地をつくったのは、土だけではありません。
宮廷からの注文、新しい素材の研究、建築家との協働、そして日々の暮らしの需要。
器をつくる技術が、食卓を越えて建物や街へと広がったとき、陶磁器は一つの製品ではなく、その国の風景になっていきました。



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