miyama | 産業の技術から生まれる、深山のうつくしい器
岐阜県南東部に位置する瑞浪市は、日本有数の陶磁器産地である東濃地方の一角にあります。この地域では良質な粘土を背景に、古くから焼き物がつくられてきました。平安時代の灰釉陶器、桃山時代の志野や織部を経て、江戸時代には暮らしのための器が広く生産されるようになります。江戸時代後期には磁器、明治時代には洋食器の製造も始まりました。
美濃焼の中でも、瑞浪は白磁の洋食器を得意とする地域として発展しました。特に明治期以降は海外市場へ向けた生産が盛んになり、戦後には欧米や国内の高級食器ブランドの製造を担う一大産地となります。成形、絵付け、施釉、焼成など、それぞれの工程を専門とする事業者が連携し、品質の高い器を安定して数多くつくる仕組みが築かれました。

求められたのは、ブランドの厳しい基準を満たす白さや形の精度、そして均一な品質です。その要求に応え続けたことで、瑞浪には白磁を美しく焼き上げる技術と、複雑で繊細な形を量産する技術が蓄積されました。器の表に産地の名が出ることは少なくても、その品質は世界の食卓を陰で支えていたのです。
しかし、1985年のプラザ合意以降、為替の変動や生産拠点の海外移転によって輸出は減少します。受注したものを高い品質でつくるだけでなく、産地自らが何をつくり、どのような価値を届けるのかを考えることが求められるようになりました。
深山は、そうした瑞浪の地で1977年に創業しました。工場の裏手には、1846年に日本で初めて銅版転写による絵付けを試みたとされる「里泉焼」の石碑があります。かつて器づくりが行われた場所で、産地の技術と精神を受け継ぐように、深山のものづくりは始まりました。
深山が得意とするのは、泥状の白磁土を石膏型へ流し込む「鋳込み」という成形方法です。同じ形を繰り返しつくることができ、轆轤だけでは難しい繊細な形も表現できます。しかし、型に土を流せば完成するわけではありません。土の状態や気温、湿度、焼成時の変化を見極めながら、多くの人の手で形を整えていきます。

同じ工程の繰り返しに見えても、そこで働く人は、より良い仕上がりを考え続けています。日々の小さな気づきや改善が積み重なり、深山の白磁が持つ、なめらかな質感と透明感のある白さにつながります。深山の器は、工芸と産業のどちらか一方ではなく、その間にあるものづくりから生まれているのです。
量産とは、同じものを機械的につくることではありません。良いものを、できるだけ多くの人の手に届く形にすることです。瑞浪に受け継がれた産業の技術と、人の手による絶え間ない改善。その積み重ねが、深山の器の静かな美しさを支えています。




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