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なぜ、料理屋の入口に塩を盛るのか。

4 日前
読了時間: 3分

料理屋や寿司屋の入口で、ときどき見かける、小さな塩の山。

きれいな円錐形に盛られ、入口の左右に置かれていることもあります。いわゆる「盛り塩」です。

商売繁盛の縁起物。あるいは、悪いものを寄せつけないためのもの。そんなイメージがありますが、そもそも、なぜ「塩」なのでしょう。砂糖でも、米でもなく、塩。その理由をたどっていくと、日本に古くからある「清め」の文化につながります。



塩より先に、「海」があった。

日本では古くから、穢れを水で洗い流す「禊(みそぎ)」という考え方がありました。『古事記』には、黄泉の国から戻ったイザナギが、身についた穢れを落とすために水で身体を清める場面があります。


ただ、ここでは塩で清めているわけではありません。もともとあったのは、水で洗い流すという清めの行為です。

海や海水も清めと結びつき、海水からつくられる塩も、神事や祭祀のなかで清浄なものとして扱われるようになっていきました。


現在でも神社では塩が供えられ、相撲では力士が土俵に塩を撒きます。「塩で清める」という感覚は、今も私たちの暮らしのなかに残っています。



なぜ、塩だったのか。

塩は、人間が生きていくために欠かせないものです。そして冷蔵技術のなかった時代には、魚や肉、野菜などを長く保存するためにも使われてきました。


塩を使うことで、食べ物は腐りにくくなる。

もちろん、昔の人が微生物や浸透圧の仕組みを知っていたわけではありません。それでも、塩が食べ物を長く保つことは、暮らしのなかで経験的に知られていました。海から得られ、生命に必要で、食べ物を保存する。そうした塩の性質と、信仰や祭祀のなかでの意味が重なり、塩は特別なものとして扱われてきました。


そして、塩を清めや儀礼に使ってきたのは日本だけではありません。

世界のさまざまな地域や宗教でも、塩は供物や儀礼、浄化などと結びついてきました。人にとって塩は、単なる調味料以上の存在だったようです。



では、なぜ塩を「盛る」のか。

塩を清めに使うことと、店の入口に小さな山にして置くことは、少し別の話です。


盛り塩の由来としてよく紹介されるものに、中国の故事があります。中国の皇帝が後宮を巡る際、牛や羊に引かせた車に乗っていた。そこで女性が、動物の好むものと塩を門前に置き、自分のところへ車を引き寄せた――。


この話から、入口に塩を置くことが「人を招く」「客を呼ぶ」という意味につながった、という説があります。

ただし、この故事がそのまま現在の日本の盛り塩の起源になった、と断定できるわけではありません。日本にもともとあった塩による清めの文化に、客や福を招くという意味や、さまざまな習俗が重なって、現在の盛り塩へつながっていったと考えられています。



清める塩と、招く塩。

現在、料理屋などで見かける盛り塩には、場所を清める意味と、客や福を招くという意味が重なっています。

店をきれいに整え、入口に塩を盛って客を迎える。


今では何気なく目にする小さな盛り塩にも、塩を特別なものとしてきた長い文化が残っています。



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