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ガラスの形で、味は変わるのか。

9月9日
読了時間: 6分

同じワインを、形の異なるグラスに注いでみる。

口が広く開いたグラス。縁が内側へすぼまったグラス。胴の部分が丸く、大きく膨らんだグラス。

飲み比べると、香りの強さや口当たり、味わいの印象が、少し違って感じられることがあります。

けれど、中に入っているワインは同じです。ガラスの形によって、本当に味は変わるのでしょうか。



今のワイングラスは、誰がつくったのか。

胴の下に細い脚があり、その先を台座が支える。

現在のワイングラスにつながる脚付きの形は、特定の誰かが一度に発明したものではありません。その原型は、ルネサンス期のヴェネツィア、なかでもガラスの産地として知られるムラーノ島の職人たちによって発達したとされています。


透明度の高いガラスを薄く吹き、細い脚をつけ、繊細な装飾を施す。15世紀から17世紀にかけて、ヴェネツィアのガラス工芸はヨーロッパ各地へ広がり、脚付きのグラスは富や格式を表すものにもなりました。


当時のグラスは、ワインの品種ごとに香りや味を引き出すためにつくられていたわけではありません。形や装飾の美しさが、大きな価値を持っていました。



グラスの形を「味わうための機能」として考える流れを大きく進めたのが、オーストリアのガラスメーカー、リーデル家9代目のクラウス・ヨーゼフ・リーデルです。


1958年、彼は装飾を削ぎ落とし、胴、脚、台座という構成を際立たせた、薄く簡潔なグラスを発表しました。

さらに、ワインの特徴に合わせてグラスの大きさや形を変えるという考え方を打ち出します。

赤ワインには赤ワインのための形を。白ワインには白ワインのための形を。さらに、ブドウの品種や香りの特徴に合わせた形を。


現在では見慣れた考え方ですが、ワイングラスの歴史全体から見れば、比較的新しいものです。

美しさを見せる工芸品だったグラスは、20世紀に入り、香りや味わいを引き出すための道具としても設計されるようになったのです。




私たちは、舌だけで味わっているわけではない。

私たちが普段「味」と呼んでいるものは、舌で感じる味覚だけではありません。

鼻に届く香り。飲み物の温度。唇に触れる縁の感触。液体が口へ入る量や速度。手に持ったときの重さ。そして、色や形から受ける印象。それらが重なり合って、一つの「味わい」が生まれています。


ワインを口に含んだときには、口の中から鼻へ抜ける香りも感じています。風邪をひいて鼻が詰まると食べ物の味が分かりにくくなるように、香りは味わいを形づくる大切な要素です。グラスは、飲み物そのものを変えるのではなく、香りや口当たりなど、私たちが味わいを受け取る条件を変えています。



グラスの中には、香りが広がる空間がある。

飲み物とグラスの口との間には、「ヘッドスペース」と呼ばれる空間があります。ワインを注ぐと、液面からアルコールや香りの成分が揮発し、この空間に広がっていきます。


同じ量を注いでも、グラスの膨らみや口径が異なれば、液面の広さや、飲み物の上にできる空間の形も変わります。

丸く膨らんだグラスの胴。内側へすぼまる飲み口。液面から鼻までの距離。

こうした違いが、鼻の周辺へ届く揮発成分の分布に影響します。


実際に、ワインから立ち上がるエタノール蒸気を特殊なカメラで可視化した研究では、グラスの形や温度によって、蒸気の広がり方が異なることが確認されています。目には見えませんが、グラスの内側では、その形に応じた動きが生まれているのです。



グラスによる違いは、どこまで確かなのか。

グラスの形とワインの感じ方については、これまでにもさまざまな実験が行われてきました。形の違いによって、香りの強さや特徴が異なって感じられたという研究があります。


一方で、目隠しをしてグラスの形が分からないようにすると、感じ方の違いが小さくなった研究もあります。形による影響は認められたものの、その差は限定的だったという報告もあります。


研究結果は、必ずしも一つではありません。

グラスの形が、液体を舌の特定の場所へ運ぶことで、甘味や酸味を変える——という説明もよく聞かれます。

けれど、それだけで味わいの違いを説明するには、科学的な根拠は十分とは言えません。グラスは味わいに影響する。しかし、特定の形が、特定の飲み物を必ずおいしくする。そこまで単純に言い切ることはできないのです。



見えている形も、味わいを変えている。

大きく膨らんだグラスを目の前にすると、私たちは自然と香りを探します。

薄く繊細なグラスを持てば、丁寧に扱い、ゆっくりと口へ運びます。

重く厚いグラスであれば、力強さや安定感を感じるかもしれません。「香りが豊かなはず」「特別なワインのはず」「時間をかけて味わうものだ」グラスの姿は、飲む前から私たちの意識に働きかけます。


こうした期待や先入観も、実際の味わいに影響すると考えられています。けれど、それを単なる思い込みとして片づけることはできません。見ること。持つこと。香りを嗅ぐこと。唇で縁に触れること。そのすべてを含めて、私たちは飲み物を味わっているからです。



薄さや重さも、飲み方を変える。

グラスを選ぶとき、注目されるのは全体の形だけではありません。

口元に触れる縁の薄さ。ガラスの厚み。手に持ったときの重さ。脚の長さ。透明度や光の反射。


薄い縁は、唇と飲み物との間にある道具の存在を小さくします。厚い縁は、グラスそのものの感触をはっきりと伝えます。脚のあるグラスなら、飲み物を手で温めにくくなります。反対に、手のひらで包む器では、手の温度がゆっくりと飲み物へ伝わります。形は、飲み方を変えます。飲み方が変われば、香りや温度の感じ方も変化します。



ワインから、日本酒、ビール、水へ。

グラスと味わいの関係は、ワイン以外の飲み物にも広がります。

日本酒では、香りを感じたいのか、温度や口当たりを楽しみたいのかによって、選ばれる酒器が変わります。

ビールでは、泡を保つ形、香りを広げる形、飲み物が口へ流れ込みやすい形があります。水でさえ、薄いグラスと厚いコップでは、飲んだときの印象が違います。


大切なのは、飲み物ごとに「正しい形」が一つだけあると考えることではありません。どの香りを感じたいのか。どの温度で飲むのか。どのくらいの速度で口へ運ぶのか。どんな料理や時間とともに味わうのか。目的が変われば、ふさわしいグラスも変わります。



味わいは、中身とグラスの間に生まれる。

グラスを替えても、中にある飲み物の成分は同じです。それでも、香りの届き方が変わり、温度や口当たりが変わり、飲む人の意識が変われば、感じられる味わいも変化します。

ガラスの役割は、飲み物を入れておくことだけではありません。素材と形。手と唇。香りと記憶。料理と飲み物。そして、その場に流れる時間。


グラスは、それらをつなぎながら、一杯の味わいを完成させる道具なのです。

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