ヌーベル・キュイジーヌは、なぜ生まれたのか。
1970年代、フランス料理に大きな変化が起こります。
「ヌーベル・キュイジーヌ」。
ポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟、ミシェル・ゲラール、アラン・シャペルなど、新しい世代の料理人たちによって生み出された料理の潮流です。
1973年、料理評論家アンリ・ゴとクリスチャン・ミヨは、フランス各地で起きていた新しい料理の動きを「ヌーベル・キュイジーヌ」として示し、「10の戒律」を発表します。
加熱しすぎないこと。
新鮮で質のよい素材を使うこと。
メニューを軽くすること。
新しい技術を取り入れること。
重いソースを避けること。
栄養や健康を無視しないこと。
そして、創造的であること。
これらの考え方の多くは、その後の料理に広く定着していきます。
では、なぜ1970年代のフランスで、このような変化が起きたのでしょうか。
その背景を辿ると、フランス料理が長い時間をかけて築いてきた、独特の「美食の市場」が見えてきます。
フランスでは王侯貴族の宮廷を中心に、高度な料理文化が発達しました。
料理は空腹を満たすだけでなく、富や権力、教養を示すものでもあり、料理人たちはその要求に応えるために技術を競い合います。フランス革命以降、社会構造が変化すると、宮廷や貴族のもとで発達してきた料理文化は、都市のレストランへと広がっていきます。19世紀にはブルジョワジーが新しい顧客となり、美食について語る評論が生まれ、20世紀にはミシュランをはじめとするガイドがレストランを評価するようになります。

料理人がいる。
その料理に価値を感じ、対価を払う客がいる。
料理について語り、評価する人がいる。
そして、評価された店に再び客が集まる。
フランスでは、料理をつくる側だけでなく、その価値を受け取り、評価する側も含めた美食の市場が育っていきました。
19世紀末から20世紀初頭には、オーギュスト・エスコフィエが、それまでのフランス料理を整理し、近代的なホテルやレストランに適した形へ体系化します。料理の構成やソース、レシピだけでなく、厨房の分業システムまで整理され、フランス料理は国際的な高級料理の共通言語となっていきました。

そして第二次世界大戦後、料理を取り巻く社会が大きく変わります。
フランスは「栄光の30年」と呼ばれる経済成長期を迎え、生活水準が向上します。
自動車が普及し、人々は週末や休暇に街を離れ、地方へ出かけるようになります。冷蔵や物流も発達し、食材を取り巻く環境も変わっていきました。
戦後の不足から、豊かさを求めた時代を経て、1960年代後半になると消費者の嗜好にも変化が現れます。
たくさん食べることだけではなく、より自然で、軽く、質の高いものへ。
食事そのものだけでなく、「どこで、何を、どう食べるのか」に価値を求める顧客が増えていきます。
ゴとミヨもまた、こうした新しい生活をする人々に向けて、従来とは違うレストランを探し始めました。
豪華な内装や格式ではなく、
料理の味。
素材。
盛り付け。
そして料理人の想像力。
彼らはフランス各地を巡り、ポール・ボキューズやトロワグロ兄弟らの料理を紹介していきます。
1972年にはフランス全土を対象とする最初の「ゴ・エ・ミヨ」ガイドを刊行。
そして翌1973年、それまで各地で起きていた変化を「ヌーベル・キュイジーヌ」として言語化しました。
新しい料理をつくろうとする料理人。
新しい価値を求める顧客。
それを発見し、言葉にする評論家。
その三者が同じ時代に現れたことで、新しい料理は一部の料理人の試みから、一つの大きな潮流へと広がっていきます。
ヌーベル・キュイジーヌでは、長時間の加熱は見直され、魚介や肉、野菜にはより短く正確な火入れが求められるようになります。前日から大量につくっておくソースやフォンに頼るのではなく、その日に市場で選んだ新鮮な素材から料理を考える。巨大だったメニューは絞られ、注文を受けてから仕上げる料理が重視される。重厚なソースは軽くなり、素材そのものの味が前に出る。健康や栄養という視点も料理に持ち込まれます。
そして料理人には、古典を正確に再現する技術だけでなく、自ら料理を考える創造性が、より強く求められるようになりました。
その後、「ヌーベル・キュイジーヌ」という名称自体は次第に以前ほど使われなくなっていきます。
しかし、
素材の持ち味を生かすこと。
必要以上に加熱しないこと。
季節や鮮度を重視すること。
料理を軽くすること。
料理人自身の感性を料理に反映すること。
こうした考え方は、その後のフランス料理、そして世界のレストラン料理へと広がっていきました。
1970年代に「新しい料理」として提示されたものの多くは、半世紀を経た現在、料理の基本として定着しています。
ヌーベル・キュイジーヌが提示した新しい価値観は、現代のレストラン料理へと受け継がれています。



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